ドラマのマッサンに亡くなった人たちの遺影として泉ピン子や前田吟、風間

2016-06-16 20:15
 

ドラマのマッサンに亡くなった人たちの遺影として泉ピン子や前田吟、風間杜夫の3人の写真が飾ってある場面が出てきました。時代は昭和36年です。泉ピン子はストーリー上では昭和15年には亡くなったはずですが、その

時代に1人写るスナップ写真の撮影は可能だったのでしょうのでしょうか?

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ナイス!
GT1212
No.1
2016-06-17

はい。。。。。。。。。。

No.2
2016-06-18

昭和15年なら写真館での撮影や出張撮影は行われていましたね
個人でカメラを持つ時代じゃなく撮影は写真師が行っていました
一人でも撮影できましたが高価な物ですから
集合写真で撮影する事が多かったですよ


遺影の写真の多くはそれ用に撮影された物じゃなく
書き起しといって集合写真などから顔だけを抜き取り
別に用意された服装と合成して作られます
昭和36年なら専門の工芸社が葬儀写真などを作っていました

No.3
2016-06-19

我が家にはウェルタ・ペルレ・セミ判が親父の形見で残されていました。
たしかに高くて中々買える物ではありませんが、アマチュアでもこうしたカメラは使っていました。
このカメラは、1934年~39年ですから、昭和9年から14年ですね。
これ以前にも手札判とかのカメラが結構ありましたよ。
写真館でなくても、お金持ちの人とかで写真を撮ることの出来る人は結構居たのです。
写真館なら明治から撮れましたしね。

ウェルタは69判もかなり輸入されていましたし、レンズもテッサーとかで白黒なら今でも立派に通用します。
1930年代以降のカメラは立派なものですよ。

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