大航海時代に、日本が侵略されなかったのはなぜですか?人口の多さに驚い

2016-10-20 13:44
 

大航海時代に、日本が侵略されなかったのはなぜですか?人口の多さに驚いて、ためらった、という話を聞いたことがあります。

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ナイス!
navy_coffee sawa1009
No.1
2016-10-21

単純な話として軍事力において圧倒的だったからです。
応仁の乱をきっかけに戦国時代が始まり、関ヶ原、大坂の陣で終了しました。この間に数万規模の軍同士が激突する、あるいは双方の陣営が動員する戦が幾度も行われていますが、合計十万を超える規模の軍を動員できる国がそもそも欧州にはどこにもありませんでした。日の沈まぬ帝國であったスペインさえそうで、神聖ローマ帝国とスペイン及び海外植民地を支配したカール五世でさえ、それほどの規模の軍を一度に動員できたことがありません。織田信長の時点で7が何度もやっていたことが欧州の君主は現実にできなかったのです。
そして、ポルトガル人から手に入った鉄砲は瞬く間に日本中に広まっていき、生産も活用法も日本は習得してしまいました。戦国期の後半において鉄砲の数は宣教師からの報告によれば全欧州分とさえ評したほどにあんってしました。つまり単純な軍事力において日本は圧倒的だったのです。
欧州列国が世界各地に植民地支配が可能だったのは第一に人口の面で総数においても密度においても希薄的な土地ばかりが対象だったからです、
意外に日本人は見過ごしていますが、20世紀前半まで欧州、北米、日本といった北半球中部一帯は世界的に人口大国でした。他の土地の人口が増加するのは、冷却機能を持つ家電と伝染病予防が発達した医学が向上したほんの数十年前なのです。
ですから、それ以前であれば多少の重火器をもった少人数で侵略することは可能でした。
ところが、日本の動員力と戦闘力は欧州が以外では少数の例外を除いて圧倒的で、それに対抗するために欧州から大軍を派遣する余力などあるわけがなく、たとえあったとしても本国の能力ではそれを実行するのは困難だったのです。

No.2
2016-10-21

危ないところでした。スペインの方法は先ず宣教師を派遣し宗教を広め、次に医師を送り込み感謝され、次に商人を送って価値のある商品に尊崇の念を持たせます。この頃になると、さすがに怪しいと思われて反対運動やテロ事件が起こるので軍隊を送って鎮圧し占領支配するのです。このプロセスの途中で秀吉がこれに気づき宗教弾圧を行った結果日本は植民地にならずに済んだのです。

No.3
2016-10-22

大航海時代には、ヨーロッパ勢力は圧倒的な力は保有していません。
当時のヨーロッパが植民地化したのは
南米などのまだ金属を完全に使いこなしてなく、石器時代のような場所などです。当時はアラブ世界も中国や朝鮮なども植民地化していません。
のちの19世紀以降、産業革命での蒸気船などの開発まで、ヨーロッパの世界植民地化まで、待つ事になります。
産業革命以降のヨーロッパの植民地化で日本が免れたのは【明治維新】のおかげです。

No.4
2016-10-23

はるばる大海原を超えて世界各地にカソリックの宣教師達が伝道活動を行ったが、彼らのもう一つの側面が、その国の事情を詳しく本国に伝える特派員的な役目の存在にもなっていたのでした。その中で日本の特徴は、他のアジア諸国の様な、脅し外交など通用しない人種で、クオリティーの高さがあり、特に「サムライ」なる階級の知性や武力などの戦闘意欲が旺盛であり、欧州勢などの脅迫的外交政治には、我が身の命さえ省みない激しい攻撃を受けることは火を見るより明らかで、それは他の国に例を見ないほどであるなど、詳しいレクチャーが伝達され、欧州勢の海外遠征進出(日本侵略的行為)にデメリットの判断を下したものと思われる。

No.5
2016-10-24

単純に国力的な問題では?
この時期にはポルトガルという国はありません
正確にはスペインと同君連合という形をとっています
そのスペインですが、元々が連合国家、そしてポルトガルを併合した事でさらに混迷を深めます
ネーデルランドに大軍を維持しつつ、オスマン朝や北アフリカに備え、フランスやイングランド、イタリアやドイツにも注力しなければなりません
特にスペイン王家は財政的基盤の脆弱さもあります

スペインとは案外不自由な国なんですよ

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