歌の解釈を教えてください古今和歌集ぬば玉の闇のうつつは定かなる夢

2015-11-23 11:02
 

歌の解釈を教えてください古今和歌集ぬば玉の闇のうつつは定かなる夢にいくらもまさらざりけり後撰集人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな

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ナイス!
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No.1
2015-11-24

直訳
闇の中の現実は、はっきりした夢に、どれほどもまさっていないなあ。

解釈
「(ぬば玉の)闇のうつつ」と「定かなる夢」とを比較して、
夜の闇の中で、あなたと「現実(うつつ)」に対面した、逢瀬をもった、ということと、
現実感のあるはっきりした夢の中であなたと会った、ということを比べたら、
そりゃあまあ、闇の中の現実の方が少しは良かったけれども、
たいして変わらなかったなあ、と言っている。

闇にまぎれての逢瀬なんて、ちょっとしか会えなかったし、顔もろくに見えなかったし。
こんなんだったら、はっきりした夢の中での逢瀬とあんまりかわらないじゃん。
まあ、現実に会えただけ、ましと言えばましだけどさ。

「ぬば玉の」は「闇」に係る枕詞。
枕詞は、特に訳す必要はない。
とにかく、「真っ暗くらの闇の中」って言ってるんだなあ、
とわかっていればいいよ。

和歌の中で用いられる「けり」は詠嘆。

「うつつ(現実)」と「夢」は対義語です。
ふつうは、「うつつ」が「はっきりした」もので、
「夢」が夜の「闇」の中で見るはずのもの。
でも、この歌では、それをひっくり返して、わざと形容矛盾を起こさせて、
「闇の中の現実」と、「はっきりした夢」とを比較して、
「闇の中の現実」のはかなさは、「夢」とほぼ同じで、
はかないことにはなんの変りもない、と言っているんだよ。
よーするに、「あなたの顔がよく見える明るいところでもっと長いこと逢瀬を楽しみたかったのに!」という恨み言。



直訳
人の親の心は、夜の真っ暗な闇ではないけれども、子を思う方面では迷ってしまったなあ。

解釈
「子ゆえの闇」という言葉がある。
親心は、こと自分の子どものことになると、まるで闇の中で迷い歩くように、
日頃の明晰さはどこへやら、煩悩に惑わされて迷い、
我が子可愛さのゆえに目がくらみ、
真理が見えなくなってしまって、あらぬ判断違いをしでかしてしまうもの。

「人の親」の心というものは、
そりゃもうもちろん「心」なのであって、
「闇」じゃないことは当たり前なのだけど、
「子を思う」という「道(やり方)」においては、
まるで「闇」の中で「道」に迷うかのように迷ってしまった、と言っている。

「かな」は詠嘆の終助詞。


文法解釈はいいんだね?

No.2
2015-11-25

文法解釈も載せていただけるとありがたいです(>_<)

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